多発性骨髄腫の治療抵抗性克服に向けた エピジェネティクス標的分子を発見 ~DOT1L阻害剤が免疫調節薬レナリドミド の治療効果を増強する機序を解明~
研究の概要
365bet体育投注_亚博足彩app-官网|直播医学部生化学講座分子生物学分野の石黒一也助教?鈴木拓教授らの研究グループは、同大学の病理学講座病理学第一分野?塚原智英准教授、廣橋良彦准教授、鳥越俊彦名誉教授、内科学講座消化器内科学分野?仲瀬裕志教授、がん研究所がんエピゲノム研究部?丸山玲緒部長らとの共同研究で、多発性骨髄腫において、DOT1L阻害剤が自然免疫シグナルを再構築し、免疫調節薬レナリドミドの治療効果を増強することを明らかにしました。エピジェネティクス分子であるDOT1Lの阻害剤は、骨髄腫細胞のDNA修復を阻害し、DNAセンサーであるSTING経路を介して、インターフェロン応答遺伝子の発現を増強し、抗腫瘍効果を示すことを解明しました。加えてDOT1L阻害剤が、インターフェロン応答遺伝子のさらなる発現上昇および骨髄腫細胞のキーシグナルであるIRF4-MYCシグナルのさらなる発現低下を介して、免疫調節薬レナリドミドの抗腫瘍効果を増強することも明らかにしました。これらの知見は、DOT1Lを標的とした多発性骨髄腫の新たな治療法につながる可能性が期待されます。
本研究成果は、2025年7月21日にCancer Letters誌の電子版に掲載されました。
本研究成果は、2025年7月21日にCancer Letters誌の電子版に掲載されました。
研究のポイント
- 多発性骨髄腫が生存のために選択的に依存しているエピジェネティクス遺伝子の一つとしてDOT1Lを特定しました。
- DOT1L阻害剤が、骨髄腫細胞のDNA修復を阻害し、細胞質DNAセンサーであるSTING経路を介して、インターフェロン応答遺伝子の発現を増強し、抗腫瘍効果を示すことを解明しました。
- DOT1L阻害剤が、インターフェロン応答遺伝子の活性化、および骨髄腫のキーシグナルであるIRF4-MYCシグナルの抑制を介して、免疫調節薬レナリドミドの抗腫瘍効果を増強することを明らかにしました。
- DOT1Lは多発性骨髄腫の新たな治療標的になる可能性があります。
研究背景
多発性骨髄腫は抗体を産生する形質細胞から発生する血液腫瘍で、高カルシウム血症、腎機能障害、貧血、骨病変などを引き起こします。免疫調節薬であるレナリドミドなどを中心とした多剤耐性併用が現在の標準治療ですが、治癒は難しく、その原因の一つとして免疫調節薬に対する治療抵抗性が挙げられます。エピジェネティクスは、ゲノムに記載された遺伝子情報を変更することなく,クロマチンへの後天的な修飾により遺伝子発現が制御される現象の総称で、DNAメチル化やヒストン修飾などを含みます。DOT1LはヒストンH3リシン79(H3K79)をメチル化する酵素で、遺伝子の転写の活性化や伸長に関与します。これまでの研究で骨髄腫細胞においてDOT1L阻害剤がインターフェロンなどの自然免疫シグナルを活性化することが分かっていましたが、その詳細な機序は不明でした。
研究方法
公開されているがん細胞株の依存性データベース(DepMapポータル)を解析し、骨髄腫細胞のエピジェネティクス遺伝子への生存依存性を評価しました。DOT1L阻害剤によるトランスクリプトームの変化を調べるため、マイクロアレイ解析を行いました。DOT1L阻害剤によるヒト白血球抗原(HLA)分子の細胞表面発現の変化をフローサイトメトリーにより解析しました。DOT1L阻害剤による自然免疫シグナルの活性化の機序を調べるために、CRISPR/Cas9システムを用いて、細胞質DNA認識経路の分子の一つであるSTINGのノックアウトを行いました。DOT1L阻害剤とレナリドミドの併用効果とその機序を検証するために、骨髄腫細胞株やマウスモデルを用いた抗腫瘍効果の検証とRNAシーケンシング(RNA-seq)解析を行いました。
研究結果
多発性骨髄腫はその生存のためにエピジェネティクス分子であるDOT1Lに選択的に依存していることが明らかとなりました。またDOT1L阻害剤が様々なインターフェロン応答遺伝子やヒト白血球抗原(HLA)分子クラスIIの発現を上昇させることが分かりました。その機序として、DOT1L阻害剤が、骨髄腫細胞のDNA修復を阻害し、細胞質DNAセンサーであるSTING経路を介して、自然免疫シグナルを活性化し、抗腫瘍効果を示すことを明らかにしました。またDOT1L阻害剤が、インターフェロン応答遺伝子の活性化、および多発性骨髄腫のキーシグナルであるIRF4-MYCシグナルの抑制を介して、免疫調節薬レナリドミドの抗腫瘍効果を増強することも明らかにしました。

展望
本研究は、DOT1Lを標的とする多発性骨髄腫の新たな治療法に応用できる可能性があります。本研究で使用したDOT1L阻害剤の一つであるピノメトスタットは、臨床試験でヒトでの安全性が報告されております。また経口投与可能なDOT1L阻害剤の開発も進んでおり、今後レナリドミドとの併用による臨床試験の実施などが期待されます。
謝辞
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(科研費)、公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団、公益財団法人 北海道科学技術総合振興センター、公益財団法人 日本対がん協会、公益財団法人 高松宮妃癌研究基金、文部科学省 共同利用?共同研究システム形成事業の支援を受けて実施されました。
用語解説
エピジェネティクス: DNAの配列そのものは変えずに、遺伝子の働き方を制御する仕組み。
ヒストン修飾:DNAが巻きつくヒストンにアセチル化やメチル化などの化学的な変化を加え、DNAの開き具合を調整する仕組み。
免疫調節薬:免疫系やがん細胞に働きかけて治療効果を発揮する薬。代表的なものに、レナリドミド、サリドマイド、ポマリドミドがある。
CRISPR-Cas9システム:DNAのねらった場所を切断して修正できるゲノム編集技術。
ヒストン修飾:DNAが巻きつくヒストンにアセチル化やメチル化などの化学的な変化を加え、DNAの開き具合を調整する仕組み。
免疫調節薬:免疫系やがん細胞に働きかけて治療効果を発揮する薬。代表的なものに、レナリドミド、サリドマイド、ポマリドミドがある。
CRISPR-Cas9システム:DNAのねらった場所を切断して修正できるゲノム編集技術。
自然免疫シグナル:ヒトの体が病原体に最初に反応する即応型の防御システム。パターン認識受容体が、ウイルスや細菌の共通した特徴を検出。あるいは細胞質DNA、RNAセンサーが、ウイルスの核酸を検出。それを感知すると、細胞内でシグナル伝達経路が起動し、最終的にインターフェロンやサイトカインと呼ばれる物質が分泌され、感染への防御反応が始まる。
論文情報
公開雑誌:Cancer Letters
論文名:DOT1L inhibition reprograms innate immunity to potentiate immunomodulatory drug responses in multiple myeloma
著者:
Kazuya Ishiguro 1,2,3, Hiroshi Kitajima 1, Takeshi Niinuma 1, Reo Maruyama 4,5, Tomohide Tsukahara 6, Yoshihiko Hirohashi 6, Akari Takaya 6, Kohei Kumegawa 5, Ayano Yoshido 1, Shohei Sekiguchi 1, Hajime Sasaki 1,2, Akira Yorozu 1, Mutsumi Toyota 1, Masahiro Kai 1, Toshihiko Torigoe 6, Hiroshi Nakase 2 and Hiromu Suzuki 1*
1Division of Molecular Biology, Department of Biochemistry, Sapporo Medical University School of Medicine, Sapporo, Japan
2Division of Gastroenterology and Hepatology, Department of Internal Medicine, Sapporo Medical University School of Medicine, Sapporo, Japan
3Department of Hematology, Tenshi hospital, Sapporo, Japan
4Department of Cancer Epigenome, Cancer Institute, Japanese Foundation for Cancer Research, Tokyo, Japan
5Cancer Cell Diversity Project, Next-Ganken program, Japanese Foundation for Cancer Research, Tokyo, Japan
6Department of Pathology, Sapporo Medical University School of Medicine, Sapporo, Japan
* Corresponding author
論文名:DOT1L inhibition reprograms innate immunity to potentiate immunomodulatory drug responses in multiple myeloma
著者:
Kazuya Ishiguro 1,2,3, Hiroshi Kitajima 1, Takeshi Niinuma 1, Reo Maruyama 4,5, Tomohide Tsukahara 6, Yoshihiko Hirohashi 6, Akari Takaya 6, Kohei Kumegawa 5, Ayano Yoshido 1, Shohei Sekiguchi 1, Hajime Sasaki 1,2, Akira Yorozu 1, Mutsumi Toyota 1, Masahiro Kai 1, Toshihiko Torigoe 6, Hiroshi Nakase 2 and Hiromu Suzuki 1*
1Division of Molecular Biology, Department of Biochemistry, Sapporo Medical University School of Medicine, Sapporo, Japan
2Division of Gastroenterology and Hepatology, Department of Internal Medicine, Sapporo Medical University School of Medicine, Sapporo, Japan
3Department of Hematology, Tenshi hospital, Sapporo, Japan
4Department of Cancer Epigenome, Cancer Institute, Japanese Foundation for Cancer Research, Tokyo, Japan
5Cancer Cell Diversity Project, Next-Ganken program, Japanese Foundation for Cancer Research, Tokyo, Japan
6Department of Pathology, Sapporo Medical University School of Medicine, Sapporo, Japan
* Corresponding author